カテゴリー
悪魔と天使【合同創作】

薄暮の散歩

悪魔と天使/ライラックとブランシュの寄り道

 猫が屋根を伝って移動するのに理由は無い。あえて言うなら、そこに道があって、自分しか通らない静けさがあったから。雑踏を縫って歩くのは好きじゃなかった。ライラックはしなやかな手足を伸ばして、どこの誰のものとも知れぬ住まいの上で腰をおろし、手袋越しに指先へ息を吹きかけた。それと、あんまり寒いのも得意ではない。

「あのっ」声がした。少女のものだ。魔獣が振り返ると、辛うじて指先だけ見えた。屋根をしっかと掴んだ可憐な手。ふるふると揺れて光る天使の輪っかも。その内に短い悲鳴をあげて退場してしまいそうだった彼女へ素早く近づくと、手首を掴んでふわりと引き上げた。今にも溢れそうなほど涙で潤んだ深いブルーの瞳を見つめながら、しっかり彼女の両足が落ち着くまで握っている。薄暮の中で出会ったのは天使のブランシュだった。彼女はへなへなとへたりこむと、震える両手を重ねて合わせる。「ご、ごめんなさい、ライラックさん……。おつかいの途中で、屋根の上に居たあなたを見かけたので」

 がんばって塀をのぼったのだという。屋根のへりに指先が引っ掛かったまでは良かったが、そこから先を考えていなかったらしい。「声をかけてくれれば、私がおりていきましたよ」魔獣は膝をついて天使と目を合わせると、不思議そうに首を傾げた。「あなたが危険をおかしてここまで来ようとしなくてもよかったでしょうに」「そうなんですけど、でも」

 なんだか一人きりの背中を見たら、傍へ行きたくなってしまったのだという。もしそれが、寂しそうに見えたからという一方的な憶測であったなら、ライラックは小さく笑って取り合わなかっただろう。自分が孤独かどうかを決めるのは他人ではない、ライラック自身だ。だが、少女は、自分の隣へ来たくなっただけだという。「それなら」しょうがないですねえ。影の魔獣は怜悧な表情を珍しくのんびり緩めて、暮れゆく空を指した。「ブランシュちゃん、もうちょっとだけお付き合いください。おつかいは大丈夫なんですか?」「はいっ。もう用事は済んでいるんです」「そうですか。じゃああとで、荷物も一緒に持ってあげますね」そう申し出ると、小ぶりなエコバッグを二つ持っていた少女は慌てて首を横に振る。手伝ってもらうのは申し訳ないと。それにくすくす笑うと、猫は優しく目を細めた。「ただの気紛れですから、気にしないで。帰り道も、あなたとおしゃべりしたくなっただけです」家路から遠い場所で別れ別れとなるには、今日は少し寒さが厳しかったのだ。