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一行小説

行六十

 毎年咲き変わる花になってずっとあなたを待ちますと残した彼女は、煩雑な手続きを一箇所だけ間違えたらしく、散らぬ造花となってしまってなお、今日もあのショーウインドウの中で約束の相手を探し続けている。【造花】

 何度も何度も何度も何度も、夢に見た同じ景色のはずなのに、そこへ君が立っていたはずなのに、君だけが見当たらない現実の街中でいつまでも立ち尽くしていた。【擦違】

 服装から歩き方まで自分にそっくりな人がいて驚いたが、よく見ると磨かれたショーウインドウに映る鏡像だった、こんな場所にテーラーなどあっただろうかと横目に通り過ぎようとすると、硝子の中の自分とすれ違って、既に足を止めている私をよそに優雅な足取りで歩き去ってしまった。【鏡像】

 真夜中の口笛は良からぬものを呼び寄せると教育されて育ったがために、彼は昨晩バーで巡り会った理想通りの素晴らしい運命を心から喜べず、頭を悩ませていた。【呪縛】

 血の通わなくなった場所から感覚が無くなってしまうみたいだった、君との幼い指切りを裏切ってから少しずつ、俺は右手の小指を起点に亡霊になっていく。【指切】

 雨に降られた訳でもないのに頭から爪先までずぶ濡れになってしまった友人は、どんな見返りを提示されようと、もう二度と人魚の住処へは近づかないぞと吐き捨てた。【魚心】

 心臓から茨の蔓が伸びて遂には全身の欠陥を埋め尽くし、脳を内側から壊してしまうという呪いを魔女にかけられたので、どれくらいの間この肉体がもつのか文章を書きながら試す事にしたのだが、これが中々どうし【十秒】

 月の光によってできる自分の影だけに牡鹿の角が見えるようになった原因だが、曾祖父が森の主を撃ち殺した報いか、それとも私が鹿という生き物を偏愛し過ぎているかのいずれかだとは思う。【鹿角】

 忘れ物を取りに行くため今一度同じ夢を見る申請を行った、そこの受付職員は、巨大な蚊に追いかけられる俺の悪夢がよほど面白かったのか、こちらの顔を見る度に噴き出すのを堪えている。【忘物】

 故人から道を尋ねられることがよくある、一見して生身の人間と変わらぬ彼らはちゃんと脚もあるのだが俺にはわかる、なぜなら途方に暮れた顔をした幽霊達は誰もが、自分の家の住所を口にして、そこへ帰るにはどうすればいいのかを聞いてくるからだ。【幽霊】