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一行小説

行七十

 うつ伏せに横たわったあなたの背中に浮かぶ骨は天使だった頃の名残で、幸せそうに見る夢の中では、空へ帰る練習を欠かさないのだろう。【天使】

 速報です、視聴者へいち早く最新情報を伝えたいがゆえに各局が配信したニュースが電波塔で渋滞を起こしており、現在情報網の交通整理を実施しているとのことです、お手元へニュースが届くまで今しばらくお待ちください。【速報】

 もしもの話をたくさんしよう、あなたと語る叶わない願い事はいつでも楽しかった、大きな流星を見る、同じ家に住む、永遠に生きる、願望の全ては私が死んだ瞬間から過去形になりこの棺の中で花とともに眠る。【仮定】

 大事に使い続けた品物には命が宿ると聞いてからずっと、心を込めてこの万年筆を使っていたんだけど、やあ、まさか自分の命が宿ってしまうとは考えなかったよねえ、え、だから僕は万年筆じゃなくて元々その持ち主だったんですってば。【物生】

 顔の偽造が流行っていると妻は不安そうに言った、いくら外見を見分けがつかないようにできても中身はそのままなんだから騙し通せる訳がないわよね、テレビから顔をそむけ俯く彼女の手を取る、大丈夫だよ、俺は目の前にいる君を、愛しているんだから。【入替】

 これが彼を写した最後の写真です、雑木林の中で木の影から顔だけを覗かせているひょうきんな男性と目が合うと、被写体はアルバムの中で血相を変えてこちらに走りだそうとしたように見えた、目の前で勢いよく冊子が閉じられる、持ち主である男性の恋人は何も言わず微笑んでいる。【牢獄】

 幽霊と話せる技術を体得するのにそこまで固執するのはなぜなのかとぼやく、彼は私の遺影を撫でながら、もうすぐ君と話せるよと独り言を呟いた。【会話】

 乗車したバスが発車して間もなく降車ボタンが押されたが、次のバス停へ到着しても停車せず誰ひとり文句を言わなかった、次のバス停がアナウンスされる、それはたったいま通り過ぎたばかりのバス停の名前で、間髪入れずに再びボタンが押された、顔の見えない運転手は更にアクセルを踏み込む。【巡々】

 祖母は言った、人はそれぞれが他人の足りない部分を携えているんだよと、だから、今日この日に、僕が持っている蓋のない小瓶と、君の手にある蓋がぴったり合うのはこの上ない喜びなのにさ、涙に曇る声では上手く伝えきれないけれど。【片割】

 写真は嫌いだ、その人はそう言った、綺麗に撮られた試しがないらしくそれが嫌なのだと、しかし近頃は猫も杓子も撮影の機械を持つから参っている、写りこみたくて写っているんじゃない、左前にして白い着物を身に纏う彼女は溜息をついていた。【不意】