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一行小説

条一十

 長い、長い、なにかの尾が一条、空から垂れ下がっているのが見える。【尾】

 夕暮れ時、時計塔の周囲で追いかけっこをしていた子供は全てで五人いた、そのうち二人のシルエットが、この辺りで一番高いこの塔の影すら追い越すほどに長く大きいことに、どうやら俺以外の誰も気づいていないようだ。【影】

 古いビルヂングに出入り口は無い、整然と並んだ窓からは活き活きと働く社員の姿が昼夜問わずに見えるのだが、その硝子窓すらも全てはめ殺しなのである、彼らは一体どこから出入りしているのだろう?【閉】

 あなたが撮影したとっておきの一枚をお寄せください、そのキャンペーンは好評で予想を上回る数の写真が様々な人から寄せられたが、その全ての写真には必ずグレーのスーツを着た初老の男性が写り込んでおり、まるで判でおしたように寸分違わぬ笑顔とピースサインをこちらへ向けている、無作為に選んだ応募者へこの男に心当たりはあるか聞いたが、全員口を揃えてこの人物はお隣のワタナベさんだと当然のように返してくるので、俺はそれ以上の追及をやめた。【同】

 愛する人をいつも傍に感じていたいと星に願った男の望みが叶ってそれ以来、彼を取り巻く人、犬、朝食へ出されるパンのひときれさえも恋人の顔に見えるようになってしまった。【顔】

 常に死へ向かう男がいた、燃え盛る炎を通り抜けんとし、瀑布へ身を投げ、飲まず食わずで眠りもせず千里を歩く、お前は死にたいのかと聞いたことがある、そいつは即座に否定した、私は生きながらに死にたいのだ、生きたまま死を体感したいと語った男は、不惑を越えてなお未だ死の尾すら掴めぬまま、山籠りを続けている。【山】

 今日一日だけで五度も同じ顔とすれ違ってしまった、日を増すごとに俺と瓜二つの顔をした人間が増えていくのは気のせいではないらしい。【複】

 燃える炎がそのまま鳥の形に変じた珍しい生き物を正確な表現で絵に残したいと考えたが、どうにも生き生きとした赤色がただの絵の具では表現できぬ、悩んでいたある日、苦心して籠へ捕らえた貴重な一羽が怪我をしていた、傷口から滴る鮮血はなんと体毛と同じ色彩だった、夢中になって血を絞り取り色塗りへ必要な量を確保した頃には、もう鳥は冷たくなり燃え尽きた灰のような亡骸となっていた。【灰】

 あらかじめ着ていくスーツをハンガーにかけてカーテンレールへ吊るしておいたはずなのだが、翌朝になってどこにも見当たらないことに気づく、クローゼットを探し回っていると家の外から、透明人間だと悲鳴が聞こえた、慌てて窓を開けると見覚えのあるスーツが歩いている、あの洋服め、よりにもよって俺を置いて勝手に待ち合わせ場所へ向かおうとしていたのだ。【服】

 台所から薬缶の笛の音がした、同時に家中の扉という扉が全て開き、あらゆる室内からまったく同じ甲高い音が響き渡った。【笛】