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一行小説

人間恐怖症

 手の届かないものに対して抱く思いが憧れであれ畏怖であれ、私達が膝を屈する仄かな屈辱に歓喜を覚えるのは共通している、誰もが絶対的な存在への甘い敗北を求めているのだ、もう絶対に損なわれず、これまで一人立ち続けていた自分を在りし日の子供時代のように庇護してくれるものへ安心したいのだ。【主人】

 自己嫌悪をこじらせ続けたせいだろう、目の前の愛する人と我が親友の血を継いだ子供が欲しかったのは、きっとそうだ、完璧な伴侶の血統に私の一部を混ぜ込むのが恐ろしかった、ひいては私の遺伝子を後世にまで残すのが耐え難かった、我が人生において唯一の輝かしき美点たる伴侶と親友は信じがたいものを見るような目でこちらを凝視している、わかっているとも無理を言っているのは、この申し出が愛する君の真心を、幼き頃より切磋琢磨してきた友の信頼を蔑ろにしてしまうことくらいは、しかしそれでも、私は。【憎悪】

 彼の最期を弔い、彼女の末期の祈りを聞き遂げて、これで終わりかと思われてもまだ、私には大切な人ができてしまう、この人を置いては先立てぬという一心で、今日も死にそびれている。【延命】

 死する自由があったとして自らを手にかける踏ん切りが常についているかと言われれば、それはなんとも言えぬ、私はなんの気後れもなく死ぬるときに死にたいだけなのだ、常に死にたいわけではなくて、その時が来た際に誰への気負いもなく、これこそ我が寿命だったのだと受け入れることができるようになりたいだけだ。【寿命】

 おはよう、今日もまた私は人の世で目覚めることができた安堵と落胆に押し潰されそうになっているよ、そちらはどうだい、空は晴れているか?【延々】