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一行小説

条二十

 起床して身支度をする際、鏡に映った自分の顔へ必ずひとつ嘘をついてみるという他愛のない遊びを習慣としてから僅か一週間後、毎朝くだらない内容で騙されるのに嫌気が差したのか、遂に鏡の中の俺はどこかへ行ってしまい、それから二度と戻ってくることはなかった。【冗】

「かつて無理に剥がしてしまったかさぶた達が大挙して押し寄せてきた、君についた傷が本当に全て治ったのかを確かめなければ気が済まないと言っているぞ」【心】

 この物語はフィクションです、登場する人物や地名、執筆した作者は架空のものであり、現実には存在しません。【但】

 ガラス窓を叩き割るような音が自分の腹から聞こえた気がして驚いたが、単に他人の手で我が家の窓が割られただけのようだ、新しい病気にかかったのではなかったらしい、よかったよかった、これで安心して押し入り強盗を片づけられる。【安】

 夜の海、月光が輪郭を浮き上がらせる水平線付近に無灯の船が列を成している、等間隔で同じ方向へ航行する船影は灯台の閃光が向いた一瞬だけかき消え、闇が戻ると再びそこへ現れた。【列】

 おはじきを金銭に見立ててままごとをしていた者は誰一人こんな未来の到来を考えもしなかっただろう、この平たい小さな硝子のかけらが、まさか黄金や白金より高い価値を得る日が来て、本当に高価な硬貨として使われる日が来るとは。【希】

 そこに小人はいやしないぞという言葉を信じてもらえず、親戚の子供に疑り深い目で口の奥を覗かれ続けて、かれこれ半刻が経とうとしている。【疑】

 何を聞いても否定の言葉を返し続けて生きてきた爺さんは過去に一度だけ肯定を返したことがある、大怪我を負った俺の姪はこのまま死んでしまうだろうか、その弱気な独白を拾って、そうだよ、と一言呟いたそいつの顔は愉快そうに歪んでいた、それまでは生き物ではなく機械のようにさえ思えていたこいつも一端の悪意を持った人間だったのだと初めて気づいた。【歪】

「お侍様はいつも仰っていました、絶対に守ってみせようと、私はそれを娘と自分を守ってくれる決意だと思ってずっと聞いていたのです、けれど違いました、あの方が守りたかったのは後世まで語り継がれる瑕疵なき武勇伝、最初から最後まで、あの方は私達を見てさえいなかったのですよ」【悟】

「いつでも見守りたい、邪魔にはなりたくない、でもたまには見えて思い出してほしい、そう願って私はあの方と一生を添い遂げる影となったのですが、どうやら同じことを願って人の身を捨てた人は思った以上に多いようです、あなたの影は、本当にただの影でしょうか?」【愁】