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旧作書架

右か左か

 常に二者択一を迫る迷宮へ迷い込んで、早くも五日が経過しようとしていた。

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旧作書架

朧兎

 千の桜が連なる並木道、その外れは小高い丘に繋がっていて晴れた夜には月がよく見える、そこには生まれ故郷を思って空を見上げる朧兎が住み着いているという。

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資料

Rabbit

朧兎 Oborousagi

『春に朧月。夜の霞を晴らす一陣の風。日々是宴也』

月に住む兎が人の身を借りて降りてきた、春の化け物。一部の地域では花や月、ひいては春を齎す神として祀られており、それに見合う思慮深さ、公明正大さを備えている。人情に理解を示しており、そのためか感情表現が非常に豊か。綺麗な蝶を見つけて喜んでいたと思っていたら、逃げられてしまってしょげかえったりくるくると表情が変わる。華奢な童子の姿をしているが、小柄な体型に見合わず張りのある声を響かせ喋るとか。桜の木を根城にしている。

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人間恐怖症

 手の届かないものに対して抱く思いが憧れであれ畏怖であれ、私達が膝を屈する仄かな屈辱に歓喜を覚えるのは共通している、誰もが絶対的な存在への甘い敗北を求めているのだ、もう絶対に損なわれず、これまで一人立ち続けていた自分を在りし日の子供時代のように庇護してくれるものへ安心したいのだ。【主人】

 自己嫌悪をこじらせ続けたせいだろう、目の前の愛する人と我が親友の血を継いだ子供が欲しかったのは、きっとそうだ、完璧な伴侶の血統に私の一部を混ぜ込むのが恐ろしかった、ひいては私の遺伝子を後世にまで残すのが耐え難かった、我が人生において唯一の輝かしき美点たる伴侶と親友は信じがたいものを見るような目でこちらを凝視している、わかっているとも無理を言っているのは、この申し出が愛する君の真心を、幼き頃より切磋琢磨してきた友の信頼を蔑ろにしてしまうことくらいは、しかしそれでも、私は。【憎悪】

 彼の最期を弔い、彼女の末期の祈りを聞き遂げて、これで終わりかと思われてもまだ、私には大切な人ができてしまう、この人を置いては先立てぬという一心で、今日も死にそびれている。【延命】

 死する自由があったとして自らを手にかける踏ん切りが常についているかと言われれば、それはなんとも言えぬ、私はなんの気後れもなく死ぬるときに死にたいだけなのだ、常に死にたいわけではなくて、その時が来た際に誰への気負いもなく、これこそ我が寿命だったのだと受け入れることができるようになりたいだけだ。【寿命】

 おはよう、今日もまた私は人の世で目覚めることができた安堵と落胆に押し潰されそうになっているよ、そちらはどうだい、空は晴れているか?【延々】

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書庫

夕暮れの時間を待つ、自分に合う棺の採寸をしてもらう今夜の予定を、なるべく考えないようにしている

死ぬるのが怖いのではなく、ただ、生きることは死ぬための支度にすぎぬのだと思ってしまうのが嫌なのだ、それが無意味だと思ってしまうのがいとわしいのだ

迎えなんてこない、呼びかけられても耳が聞こえない、走馬灯なんて見えない、目がもうない、不幸だ寂しいのだと嘯く口も既にないので、きっととても静かだろう

終わってしまえ、途切れた美しい小説のようにとまではいかずとも、私は自分が残した指紋を拭い取らぬままいく、数多の痕跡を残したまま、ずっとずっと先まで、足跡をつらねてゆく